はなちゃんのみそ汁 番外篇

亡き妻のブログ「早寝早起き玄米生活」アーカイブから

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音楽

母の気持ちを初めて知る

「ママが、かわいそうすぎるやん」 娘が小学5年生の頃だった。 車の後部座席に置いていた本『はなちゃんのみそ汁』を手にする娘の姿が運転席のミラーに映った。出版からすでに1年半が経っていた。 しばらくして、娘は「やっぱり、無理」と言って、本を閉じた…

弱いことは悪いことばかりではない

三宅伸治さんと語り合った3日間 この3日間、三宅伸治さんと一緒に夜を過ごした。 「なかなか、うまくいきませんなあ」などと、互いにつぶやきながら、毎晩ハイボールを飲んだ。 2007年、三宅さんの詩集「月のメロディー」の編集に携わった。 以来、16年の付…

自分をたどり直しながら生きる

故人を語ることとは・・・ 妻が他界して今夏で15年。 ブログを書いたり、書籍を出版したり。 毎年の追悼コンサートも辛気臭い。 いつまで、悲しみを引きずっているんだ。 そんなふうに、お感じの方もいると思う。 一方で「悲しみを抱えながらどう生きるかを…

悲しいことがあったら

音楽と食がなければ生きられない 悲しいことがあったら、ウクレレを弾く。 millarのウクレレ(2023年2月2日) 月に一度のレッスン。4つのコードで弾ける「Stand by me」を練習中(2023年1月30日) 柔道とバイクとゴルフが趣味の友人が初めて手にしたウクレレ…

追悼・鮎川誠さん

俺たちは年をとった あれは、昨年9月の「いのちのうた 第15章」の打ち上げの席だった。 出演者全員がBassic.に集まり、僕は三宅伸治さんの隣に座った。 乾杯後、三宅さんが、珍しく僕に仕事のことを聞いてきた。 数年前から、三宅さんに相談していた、あるプ…

仲間とウイスキーを飲みながらウクレレ演奏を楽しむ年末の夜

「生きる」が愉快に 悲しみを抱えたまま、生きていくにはどうすればいいのか。 喪失の後に訪れる悲嘆から抜け出そうと。 14年前、僕は妻が遺してくれた音楽を始めた。 悲嘆から抜け出すことはできなかったけど、 生きることが愉快になった。 ギター、三線、…

やさしさに包まれたなら

「お前、何とかしちゃれ」 ある人に、「いのちのうた」の打ち上げの写真を送った。 すぐに返信があった。 「24日の夜は、クリぼっちなんか?」 打ち上げの夜、その人にクリスマスイブは娘が家にいないことを話した記憶がある。 気にしてくれていたんだ。 そ…

ライブの余韻に浸りながら三宅さんのすごみを感じる

ぼーっとしてます 昨日、娘が僕に言った。 「毎年、いのちのうたの翌日は何も予定を入れないようにしてる」 それがいい。 実際、僕は寝てばかりだった。 朝は、コンビニおにぎりを食べた。 夜は、トマト鍋を頑張って作ってはみたものの、食べる気力もなかっ…

みんな元気になった

にぎやかな法事 長い期間、準備を進めてきた妻の追悼コンサート「いのちのうた」が終了した。 幸せな時間は、あっという間だった。 今朝、目が覚めると、いくつかのメッセージが届いていた。 北の地から福岡の会場に駆けつけてくれた友人は、「めちゃくちゃ…

パパの裸芸はありません!

シンゴ100% 僕は素っ裸に蝶ネクタイでステージに立っていた。 そして、股間を銀のお盆で隠していた。 後ろで梶浦さんがドラムを「ダダダダダ」と叩いている。 「ジャーン」とシンバルの音がした瞬間、僕はお盆をひっくり返した。 MCの大ちゃんが会場に向かっ…

サッカーとロック

心がひとつになったとき サッカーとロックは似ている。 選手とサポーターの一体感。 ミュージシャンと観客の一体感。 心がひとつになったとき、最高の結果と満足感が得られる。 撮影:chiyori 昨年の「いのちのうた」の打ち上げ(2021年11月20日) いよいよ…

でも、泣かないでください

「ここ」販促委員長の妻 「きょうね、私の顔を見て、急に泣き出したお母さんがいたのよ」 2007年12月13日に千恵が書いたブログを読んで、彼女が笑いながら、そう言っていた日のことを思い出した。 千恵が、そのお母さんと出会ったのは、内田美智子先生の講演…

死んどるばってん、生きとるごたる

「ナマケモノ」かもしれないが「怠け者」ではない 妻は自分のことを動物の「ナマケモノ」に例えていた。 下関市立安岡中学校で「命と食」をテーマに講演(2018年12月6日) でも、この世に体がなくなった今も、まだ、働いている。 死んどるばってん、生きとる…

4歳の娘がリクエストしたロックンロール

「いのちのうた」まであと4日 4日後に迫った千恵の追悼コンサート「いのちのうた」。 先日は、トランペットの比良松先生とテナーサックスの大谷さんと今年初めての音合わせ。 「あれだけ時間があったのに、なぜ、もっと早く練習せんかったのやろうか」 確か…

うれしくて飲み過ぎた富山の夜

実は「グリーフケア」だった 昨夜、3年ぶりに富山の友人に会った。 ハイボールを飲みながら、彼がポツリとつぶやいた。 「今年は『いのちのうた』に行こうかなあ」 北陸新幹線、在来線などを乗り継ぎ、福岡まで約6時間。 それでも、「体験しておかなければな…

千恵が愛したジャズシンガー

最後のプレゼント 千恵の病状が悪化し、会話もできなくなった頃、 綾戸智恵さんのコンサートが福岡市であった。 コンサートは、勤務先の西日本新聞社が共催だった。 担当していたのは、事業局の後輩。 僕は無理を承知で、彼に千恵宛てのサインを頼んだ。 200…

君は愛されるため生まれた

千恵の病室で流した曲 最近、聴き続けている曲がある。 ずっと、聴くことができなかった曲。 あのときの悲しみが込み上げてくるので、長い間、避けていた。 今ようやく、その曲を聴けるようになった。 あれは14年前の7月11日。 千恵が亡くなる数時間前だった…

「木」ではなく「松」です

宛名に込められた友人の思い 2007年の「いのちのうた」の楽屋にはたくさんの花が届いた。 その中のひとつに「六本松さくら」宛ての花があった。 贈り主は、友人の瀬野文宏さん。 千恵の実名をご存知なのに、敢えてブログのハンドルネームで。 ユーモアが楽し…

妻のブログに胸騒ぎ

治療経過は順調だったが・・・ 娘との日常を切り取った妻のブログ。 かわいいなあ、幸せだなあ、と読み進めていたところ、 最後に、気になることが書かれてあった。 日ごろは、彼女が決して口に出さないような内容。 多分、僕しか気づかないこと。 千恵は抗…

能楽殿でロックンロール

千恵、ロックに目覚める 三宅伸治さんが演奏を始めると、若者も年寄りも、ネコも犬もノリノリになる。 誰もが拳を突き上げ、ジャンプする。 2007年10月20日。 クラシック音楽を学んできた千恵が、ロックに目覚めた記念日。 痛快だった。 撮影:横田敦子 音合…

勇気と笑いの花束を

ミッちゃんにやっと会えた日 どんだけ、清水ミチコさんが好いとーとやって言うぐらい、 千恵はミッちゃんが好きだった。 そして、とうとう、ミッちゃんに会う日が訪れた。 2019年12月28日、熊本城ホールで開催した「いのちのうた」(こくみん共済coop主催)…

清志郎さんの「無敵バッジ」

祝デビュー35周年 東京から福岡に戻った10月25日夜。 遅い時間だったため、娘の提案で、自宅近くの「大阪王将」で食事をした。 餃子、油淋鶏、炒飯、酢豚、青椒肉絲を注文。それとビール。 中華を食べながら、娘に三宅伸治さんと飲んだ吉祥寺の夜の話をして…

三宅伸治さんとハイボールな夜

無茶振りは嫌よ ここは東京・吉祥寺。 三宅伸治さんに会いに行きました。 「いのちのうた」(12/3)で演奏する曲の確認です。 三宅さんと吉祥寺をふらふらと歩く(2022年10月24日) 打ち合わせは、メールでも良いのですが、これがなかなか簡単じゃない。いつ…

あなたの命に寄り添いたい

妻の涙 千恵が「いのちのうた」の舞台で、会場を見渡しながら、涙をポロポロとこぼした。 彼女は人前で涙を見せたことがなかった。 でもそれは、つらくて悲しい涙ではなく、心地よい涙だった。 語りを終えて前奏を弾き始めると、最後まで、しっかりと歌い切…

かっこいい大人たちが集合

高塔山ロックフェス 連日のライブ。 昨日は、「高塔山ロックフェス2022」(北九州市若松区)に行った。 (公式)高塔山ロックフェス 「高塔山でロックがしたい」 2004年、「シーナ&ロケッツ」の故シーナさんの言葉から始まったロックフェス。 今流行のジャ…

あなたの命はあなただけのものではありません

秋は何かと忙しい 昨夜、Public bar Bassic.であった「きばらしナイト」。 ※大阪のASAMIさん親子が主催する音楽イベント。 出演は、ウルフルケイスケさんとザ・ファックゲッツ。 僕はカメラマンとして参加した。 ギター演奏するウルフルケイスケさん(2022年…

親子でほめ合う朝の食卓

プレザーブスタイルのジャム 娘がブルーベリージャムを作ってくれた。 「それなら、明日の朝食はパンがいいね」 僕は、野菜やチーズ、粗挽きソーセージなどを用意して、 昨晩から今日の朝食を楽しみにしていた。 2022年10月21日 パンはいつもより厚く切った…

「ありがとう」しか言えません

ずっと、生きていてほしい 15年前の「いのちのうた」。 hanautaをサポートする予定だった千恵は、 いつの間にか、コンサートの中心人物になっていた。 打ち合わせをしていたわけではないが、 他の出演者たちが、そんな空気をつくってくれた。 僕は最初から最…

25年前にタイムスリップした夜

奇跡のような再会 天国の千恵が企画したのだろうか。 とても、不思議で愉快な夜だった。 昨日、大切な友人が、6年ぶりに訪ねて来てくれた。 韓国人のヨム・ウンジュさん。 今は、カナダ・バンクーバーに移住している。 25年前、福岡教育大に留学中だった彼女…

亡くなった人たちへの贈り物

鮎川誠さんの言葉 3年前の「いのちのうた」には「シーナ&ザ・ロケッツ」の鮎川誠さんに出演してもらった。「ユー・メイ・ドリーム」を歌う直前、鮎川さんが、こんな話をしてくれた。 シーナが天国にいって4年、今年で5年目。 でも、俺たちはシーナと一緒に旅…