食べることは生きること
日々の食事が、がんの原因になる、とは断定できないかもしれない。
だが、日々の食事とがんは関係ない、とは言い切れない。
千恵が、そのことに気づいたのは、2003年12月だった。
西日本新聞で始まった連載「食卓の向こう側」の記事を読み、一気に覚醒した。
食や農の本を購入し、講演を聴きに行き、さまざまな料理法を実践するようになった。
娘を台所に立たせるようになったのも、この記事がきっかけだったのではないかと思う。
記事で紹介された女子大生の1週間の食事に衝撃を受けていた。
朝食は食べてない。大半を外食や惣菜、コンビニ弁当で済ませる彼女の食生活は「ごくごく一般的な学生の姿」。
まもなく1歳になる娘が一人暮らしを始めるようになったとき、この女子大生と同じような暮らしはしてほしくない。そう強く思ったに違いない。
彼女が朝食を抜こうが、何を食べようが、それは個人の自由。だが、健康を損なう恐れがある。食生活が要因となって病気になれば、国全体で31兆円(当時)を超える医療費を押し上げる。
環境問題に関心がある彼女が食べたエビシューマイのエビはアジアのマングローブ林を切り抜き、環境を破壊して養殖されたものかも。ご飯よりめんやパンを好む傾向は、国内の稲作農家により減反を強いることになりかねない。
「食べる」ことは極めて個人的な行為だが、社会のありようと密接につながっているのだ。(本文より)
当時、西日本新聞で出版編集を担当していた僕が、この連載記事を書籍化した。
「新聞連載は、書籍化しても売れない」という定説がある。
それでも、なぜ、踏み切ったかというと、千恵の強いリクエストがあったからだ。
彼女の口癖が「台所から社会を変える」。今、世界規模で盛んに実践されているSDGs(持続可能な開発目標)の必要性をすでに感じ取っていたのだろう。
本は、手軽に買えるようにブックレットの形式にして、定価を税込み500円に設定。第13部まで続いたシリーズ「食卓の向こう側」は累計100万部を突破した。これほどの反響は、地方発の出版物では例がなかった。
以下、2006年12月11日に千恵が綴ったブログ。
私は変わる、という決意が感じられる。
タイトルは「食卓の向こう側」。
食卓の向こう側(2006年12月11日)
春夏秋冬、季節の新鮮な食材を、根も皮もひげ根も食す。
皮と葉っぱが生えている部分(生長点)は、野菜で一番栄養がある部分。
そこを捨てるなんて、もったいないことなのだ。
とは言え、ここまで来るのには、随分遠回りをした。
がんになる前の私の食卓と言ったら、ため息が出るほど貧しかったのだから。
ひとり暮らしが長かったので、学生の間や仕事をしていた期間の数年間は、食のことに気を遣ったことなどなかったように思う。決して、食に使うお金がなかったわけではない。好きなものは、好きなだけ食べていたから。
「忙しい」と理由をつけては、三度の食事に手を抜いていた。
コンビニの弁当とか、おにぎり一つと白和えだけならまだ良い方。
パンとコーヒーだけとか。たまにご飯を炊いたり、みそ汁とかカレーとか作れば、それが3日は続く、とか。
そんな食事の貧しさで、心も体も貪られていることに、気がつかなかったのだ。
がんになり、最初はたくさんつまづいたけれど。
私は、気がついた。
食が体を作るのだ。
食が命を作るのだ、と。