抗がん剤治療の再開
がん再発後、千恵はホルモン療法の可能性に賭けたが、治療の効果は薄かった。
2006年10月、九州がんセンターの診察室でCT検査結果の画像を見た。
両肺に星の数ほど、骨にもあちらこちらに、肝臓は最大4センチ。
これまでの画像とは明らかに違っていた。数え切れないのだ。
信じたくなかった「末期」という文字が頭に浮かび上がった。
主治医の表情は今までになく険しかった。
「もう、時間的にここが限界。このままだと、3カ月後には肝臓がほとんど腫瘍で埋まり、機能しなくなる。黄疸が出て、寝たきりの生活になってしまう。やるなら今しかない」
僕たちは「余命宣告」を受けた気分だった。
千恵は、涙をこぼしながら、再び、抗がん剤を受け入れた。
1カ月後、満3歳になった娘の七五三を祝った。
実家の写真館で、僕の父がはなを撮影した。
はながおどけてモデルのようなポーズをとると、千恵が噴き出した。
スタジオが笑いに包まれた。
ちょっとの間だったが、病気のことを忘れさせてくれる時間だった。
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