父子の17年間を振り返りながら
ひと月ほど前、その日の夜を空けておくように、と娘から言われていた。
目的を聞いても、教えてくれなかった。
娘が指定していた日になった。
夕方、「19時10分に地下鉄の駅前に来て」とだけ、スマホにメッセージが送られてきた。
仕事帰りの娘と駅前で落ち合った。
向かった先は、先月まで3年間、娘がアルバイトでお世話になった寿司店。娘は今月就職した会社から初任給を受け取ったばかりだった(正確にはお祝い金)。
まさか、娘に寿司をごちそうしてもらえる日がやってくるとは・・・。
のれんをくぐると、店を経営するご夫婦が、いつもの笑顔で出迎えてくれた。
僕は、カウンター席で、父子2人で暮らした17年間を思い出していた。
妻が他界した後、毎朝、みそ汁を作ってくれたこと。
いつも延長保育ギリギリの時間に娘を迎えに行ったこと。
僕の迎えを待ち侘びていた娘が抱きついてきたこと。
深夜、娘が高熱を出し、急患診療センターに駆け込んだこと。
僕の誕生日には友人たちを自宅に招き、サプライズでお祝いをしてくれたこと。
いじめを受け、学校に行けなくなったこと。
高校時代は、2年近く、まともに口をきいてくれなかったこと。
一生付き合える友人ができたと打ち明けてくれたこと。
自宅で倒れ、意識を失った僕を介抱してくれたこと。
大喧嘩をしたこと。
大学に合格し、泣いて喜びあったこと。
交際中の彼氏を紹介してくれたこと。
そして、今春、第一志望だった地元の食品会社に就職。
17年前、僕は絶望を感じていた。
周囲から「時間が薬」と励まされた。
けれども、生きることを前向きに考えるなんて、できなかった。
仕事は手につかず、酒に逃げた。
1分1秒、気が狂いそうになるほどの苦しみだった。
「時間薬」が効くのは、一体いつなのか。
それまでの日々を生き抜く自信がなかった。
生きるとは、こんなにもつらいことなのか。
そう感じていたあのとき。
こんな日が来るとは想像もしてなかった。
娘がとっくりを差し出しながら、ポツリとつぶやいた。
「初めてのお給料をもらったら、この店でパパと飲もうって、ずっと前から決めてたの。これまで育ててくれて、ありがとうね」
生きててよかった。
一生涯、忘れられない夜になった。
撮影:すし宗の大将
娘と飲んだ「寒北斗」と「有加藤」。
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