親になる
その夜、千恵は出産を決意した。
吹っ切れたのだろうか。翌日から千恵は人が変わったように明るく振る舞った。
一度は子どもをあきらめていた。そんな僕たちが、間もなく親になる。信じられなかった。
結婚して2度目の年を越した2003年2月20日。出産予定日を12日過ぎても産まれる気配はなく、医者は陣痛促進剤の準備をしていた。そのとき、急に激しい痛みが千恵を襲った。午前8時、分娩室に入った。僕は千恵の手を握り、腰をさすり続けた。
担当の助産師さんが千恵に語りかけた。
「私もあなたと同じ病気だったの。手術した後に赤ちゃんを産んだのよ」
何という巡り合わせだろうと思った。千恵は苦しみながら、助産師さんの言葉にうなずいた。
午前9時25分、新しい生命が誕生した。3,380グラムの赤ちゃん。
千恵は命をかけて出産した。
乳がんの発覚から2年半がたっていた。
赤ちゃんは元気な産声を上げた後、傷跡のない、千恵の右側のおっぱいに吸い付いた。
その傍らで、僕はずっと泣いていた。
(続く)
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