家族の心得とは何か
闘病中に必要なのは「生きる気力」。
千恵のそばにいて、家族として、そう思う機会が多かった。
2006年、彼女がブログを開設し、読者からの相談を受けるケースが目立ち始めた。
人の役に立ちたい。希望になりたい。
当然だろう。その気持ちは理解できる。
役に立つことができると生きる気力が湧く。
だが、心労がマイナスに働いたり、インフルエンザに感染したり、ヘトヘトに疲れて帰ってきたり。外で人に会うことで、リスクを伴うケースも多い。
千恵は、まだ「奇跡の人」ではなかった。
慎重に治療を続けていく必要があった。
周囲から、妻がどんなに拍手を浴びようが、家族は「待った」をかけなければならない場合もある。
一番身近な存在である夫として、かかわり方が難しかった。
希望を見いだすこと(2007年5月1日)
さきほど、知り合いから電話がかかってきました。
同僚のお父様が、がんになったと。
「その方がお父様のことで大変ショックを受けているんです。お父さんは大腸がんで、手術をしてみたら肝臓にも転移していたんです。自分にできることは少ないかもしれないけれど、落ち込んでいる同僚を見て何か自分にもできることはないかと思い、千恵さんなら、何か知っているかもしれないから・・・」と、わらをもすがる思いで電話してくださったようです。
うれしかったです。
私は医者ではないから、医療的なことで何もしてあげられないし、ヒントもあげられない。本当に、なんにもしてあげられないんですけれど。
今までお会いしたがんの方に「私もがんで、全身に転移しています」と伝えると、「ええっ!本当にがんですか?どこも悪くなさそうですね・・・そうなんだ・・・じゃあ、私もがんばらなくちゃ」と、最初は暗い顔をされていた方が、明るい顔になっていかれます。
何もできない私ですが、病を持つ人の希望になれるならば、本望です。
その方のお父様は、医者から余命宣告もされているらしく、あきらめの境地でいらっしゃるとか。ご本人もご家族も、さぞかし苦しい思いをされていると思います。
だから電話口で「言い忘れていたかもしれませんが、私も肝臓に転移しています。でも、去年の秋から治療を続けて、腫瘍マーカーも下がってきましたし、画像でも縮小を確認しています。体調も良くなっていますよ」と言うと、「ええっ!本当ですか。それは希望になると思います。ぜひ、その方に会っていただけないでしょうか」と言われました。
原発巣が違うから、同じ肝臓転移でも意味は全く異なるのかもしれませんが。
何かしてあげられたら、という思いは常に持っていたいものです。
来週、その方に会いに行こうと思っています。
追記
コメント欄には以下のやり取りが残っていた。
「私の友人も乳ガンです。 子どもを3人抱えて不安も大きいと思います。少しでも彼女の励みになればと、タイミングを見計らって、このブログを紹介したいと思っています。 ガンじゃない私でも勇気をもらえるブログですもの」
「そうでしたか・・・ そのお友達にも、たくさんの勇気と元気が与えられますように。 私も、一人だったら頑張れなかったかも。 とっくの昔に、自分の命をあきらめていたかも、です。 旦那は大人だから大丈夫。一人でも何とか食っていけるでしょう。 だけど、ムスメはまだ4歳です。まだまだ、母親が必要な年齢です。 不思議。 こうして考えると、昔は自分のことしか考えていなかったのに、今は人のことを考える余裕がある。 何はともあれ、少しずつでいいから前進できるように頑張ります」