そこにいるだけでいい
大切な人がそこにいる。
今、生きている。
何に不満があるんだ。
十分じゃないか。
そんなことに気づかせてくれた亡き妻のブログ「そこにいるだけでいいということ」。
17年前、職場でこっそり読んだ。
がん闘病中の妻から僕へのメッセージも込められていた。
涙が止まらなかった。
そこにいるだけでいいということ(2007年7月31日)
がんの患者さんや、そのご家族から相談を受ける機会が多くなった。
なぜだかは、わからない。
けれど、それが私に与えられた役割だとしたら?
がんになった後、いろいろな波を越えてここまでやってきた。
今までやってきたことが全て無駄になったような気分になり。
生き方を完全否定されたような気分も味わい。
仕事を失い、社会から排除されたような敗北感も味わい。
落ち込んだことも、鬱になったこともある。
死をはっきりと意識したことも、きつい治療が続き、
正直「もういいや・・・」と思ったことも。
生きるモチベーションが下がったこともある。
今後、どんな試練が待ち受けているのかは、わからない。
不安はないのかと問われたら、ないとは言えない。
でもそれは、「大きな地震がきたらどうしよう」と思うのと一緒で。
わからない先のことを今考えてもわからないし。
その時に考えることにしようと思っている。
そんな中、私を励みにしてくれている人が、少なからずいらっしゃるということがわかった。
私にも、生きている意味がちゃんとあるのだと思う瞬間でもあり。
何にもできない小さな人間だけど、「よし、私もがんばろ」とも思う瞬間でもあり。
いまだに、この世に産まれてきた意味はよくわからないのですが(きっと、誰もが、死ぬまでよくわからないのでしょうけれど)、もし、それが私の役割だとしたら、ありがたく受け入れてみようと思っている。
そんな中、告知を受けたばかりの同年代の方からお電話をいただいた。
まだ告知を受けてからひと月もたっていない方だ。
このひと月の間に、告知、入院、手術、治療方針決め・・・。
盛りだくさんだ。
事実はわかっていても、ココロがついていけない。
でも、決めないといけない。
私も、7年前のこの時期だった。
告知、入院、手術、抗がん剤治療と、短期間に押し寄せてきた。
何とも言えない日々だった。
告知から1~2年が、一番つらい時期だ。
怒濤のように、わけのわからない事実が次々と判明する。
画像を見せられても、本当に自分の体に起こっているできごとなのか。
理解するのに時間がかかる。
「なぜ自分だけが、こんなにつらい思いをしなければいけないのか?」
自分だけが取り残されたような、何とも言えない気持ち。
電話口で、泣いていらっしゃるのがわかる。
何も言えない。
でも、あなたは一人ではないということを、短い時間だったけど、必死でお伝えした。
がんになった場所は違うけれど、告知を受けた時の想いと、体の一部を失ったつらさは共有できる。
がんによって、いや、個人によって治療方法は全く異なってくるけれど、化学治療のつらさは理解できる。
「一緒にがんばりましょう」と。
最後は、この一言に尽きた。
あなたは、そこにいるだけでいい。
目の前に壁がたくさん立ちはだかりますが、一つ一つクリアにして、乗り越えていきましょう。
そうして、忘れがちになるのですが、一番大事なこと。
がんになった本人が一番つらいと思われがちですが。
あなたの周りにいる大切な人々も、同じくらいつらい。
あなたが「死」の恐怖を味わっている間、あなたの大切な人も、あなたを失うという、出口のない泥沼から抜け出すことができないのです。
それは、地獄、です。
だから、何もしなくてもいいから。
あなたが、そこにいるだけでいいのです。
笑顔を取り戻すのには、まだまだ時間がかかるでしょう。
薬を使うと、今までに味わったことのないような感情の起伏と鬱を体験し、涙も多くなるでしょう。
「もう、きつい。もう、いいや」
人生をあきらめたくなる時も、多々おとずれるでしょう。
でも、あなたがあきらめた時、あなたの大切な人も、人生の大きな意味を失うのです。
その敗北感たるは、言葉では書けません。
一生自分を責め、苦しむと思うのです。
「がん」が授かり物だと思えるまでには、まだまだ時間がかかりますが。
でも、きっと、やってくるから。
一人じゃないから。
いっしょに、がんばろ。
会いに行くから。
いっしょに、がんばろ。
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