はなちゃんのみそ汁 番外篇

亡き妻のブログ「早寝早起き玄米生活」アーカイブから

                                               仕事の依頼・問い合わせ                                      

そろそろ、よかかなあ

最近、思うこと じいさんになっても、恋はしたい。 したっていいよね。 人間だもの。 そんなふうに思うようになったのは、大学生になった娘のひと言がきっかけだった。 「パパも、彼女つくったらどう?」 おーい。 そろそろ、よかかなあ。 はなと千恵 相手は…

うそつき千恵さん

形見のメガネ 千恵は、極端に右目の視力が悪かった。 時々、彼女のメガネを見ては思い出す。 千恵のメガネ。いつもコンタクトだったので、ほとんど使ってなかった。(2022年11月25日) やっぱりわたしはツイている?(2007年12月3日) 去年秋から今年の春先…

くるくるヘア

育毛剤の効果 髪がずいぶん細くなってきたので、昨年から育毛剤を試している。 娘から「パパ、後頭部の毛が増えてきたね」と言われた。 増えてきたのではない。 太くなってきたのだ。 もうしばらく使ってみようと思う。 昨年の「父の日」はくるくるだった(2…

うれしくて飲み過ぎた富山の夜

実は「グリーフケア」だった 昨夜、3年ぶりに富山の友人に会った。 ハイボールを飲みながら、彼がポツリとつぶやいた。 「今年は『いのちのうた』に行こうかなあ」 北陸新幹線、在来線などを乗り継ぎ、福岡まで約6時間。 それでも、「体験しておかなければな…

その気持ちに感謝状

微妙に短いマフラー 短いマフラーだったけど。 うれしかった。 うまい、へたではない。 その気持ちに感謝状。 千恵が編んでくれたマフラー。ちょっと短かった(2022年11月21日)撮影:安武はな 大切に使います。 恐怖の手仕事 〜その後〜(2007年11月20日) …

千恵が遺した未完成の編み物

クリスマスカードに感謝の言葉 埃まみれになりながら、泣いたり笑ったりしていた。 2021年4月、長い間、手をつけることができなかった亡き妻、千恵の遺品を整理した。 さながら、“タイムカプセル”を開いているようだった。 寝室のクローゼットからは、僕たち…

泣きたくても、泣けなかったのかもしれない

それでも、人生は続く 元読売テレビのアナウンサー、清水健さんの講演会にゲスト出演させてもらった。 僕が千恵を亡くしたのは2008年7月。娘は5歳だった。 清水さんは、読売テレビの「夕方の顔」として、ニュース番組のキャスターを務めていた2015年2月、妻…

手帳に記された家族の記念日

千恵はまだ生きるつもりだった 2021年4月13日。十三回忌を終えた翌年の春だった。 足の踏み場もないほど散らかったクローゼットの中を片付けていると、山積みになった服の下からエコバックが出てきた。 エコバックを開けた。 目に飛び込んできたのは、オレン…

喜びも悲しみも分かち合える

12月9日はブログ記念日 千恵は毎日ブログを書き続けた。 ブログを通じて、全国に仲間ができた。 喜びは仲間と分かち合うことで倍になり、悲しみは仲間と分かち合うことで半分になった。 来月9日は、千恵がブログを開設して16周年。 あの日、「続けてよかった…

記憶にございません!

聞き覚えのあるセリフ シス・カンパニー公演「ショウ・マスト・ゴー・オン」(作・演出:三谷幸喜)を観劇した。 同作品は、28年前、三谷さん率いる劇団「東京サンシャインボーイズ」の演目でもあった。 そのときの感動を娘と共有したくて、今回、親子で見に…

待ち望んでいた日がやってくる

助手席でビールが飲める ついに、この日が訪れた。 妻千恵が他界し14年。 僕は待ち続けた。 今朝、「頑張ってくるね」と言って、娘は出かけた。 自動車運転免許の試験日なのだ。 もうすぐ、車の助手席でビールが飲める。 実家で飲んでも、運転手がいるから大…

みそ汁との組み合わせが最強の食材

冬は根菜をたっぷり 7月末に仕込んだみそが出来上がった。 甕のふたを開けると、みその香りが部屋中に漂う。 冬は根菜類をたっぷり。 レンコン、ゴボウは、体を温める効果の高い食材。 みそ汁との組み合わせは最強だ。 これに少しの豚肉を加えれば、旨みと栄…

娘のソウルメイト

徹夜で作った銀の指輪 僕が杉森映徳を取材したのは、宗像支局に勤務していた頃だ。 ※アーティストネーム:すぎもりえいとく 1998年だっただろうか。 彼は、福岡教育大の大学院生だった。 食肉センターで手に入れた牛の首を鍋で煮る路上パフォーマンス。 その…

素敵な出会い

お祝い事は「テシマ」で あれは、2008年5月。 千恵の体が抗がん剤に耐えきれなくなり、食事療法を始めてすぐの頃だった。 食事指導の先生から鴨肉を勧められ、半年ほど前に知り合った手嶋法子さんに相談した。 法子さんは、夫の義之さんとイタリア料理店「テ…

千恵が愛したジャズシンガー

最後のプレゼント 千恵の病状が悪化し、会話もできなくなった頃、 綾戸智恵さんのコンサートが福岡市であった。 コンサートは、勤務先の西日本新聞社が共催だった。 担当していたのは、事業局の後輩。 僕は無理を承知で、彼に千恵宛てのサインを頼んだ。 200…