はなちゃんのみそ汁 番外篇

亡き妻のブログ「早寝早起き玄米生活」アーカイブから

                                               仕事の依頼・問い合わせ                                      

「じゃあ、おっぱいやめます」

食を通じた「生教育」を語る助産師 亡き妻千恵が大切にした「食べることは生きること」。 この言葉の意味を教えてくれたのは、福岡県行橋市の内田美智子先生だ。 食を通じた「生教育」の語り手でもある。 千恵は、内田先生を姉のように慕い、母のように頼り…

ミッちゃんからの贈り物(昨日の続き)

お笑いで免疫力アップ 昨日の続き。 千恵がパーカーを着てやってみたかったこと。 それは‥ 目マン(めまん) 清水ミチコさんが発表したパフォーマンス、というか瞬間芸のようなもの。 以下のような手順で、誰でもできる。 パーカーを着る ファスナーを閉じ、…

いとしのミッちゃん

スウェットのパーカー めったにモノを欲しがらない千恵が、すごく欲しがっていたモノがあった。 スウェットのパーカー(フード付きトレーナー)。 わかる人には、わかる。 ヒントはこの人(右から2人目)。 いのちのうたin熊本(2019年12月29日) 本日紹介す…

リンパ浮腫の腕を公開

ジャーナリストの本に影響 千恵は、千葉敦子さん(1940年ー1987年)の本を何冊も読んでいた。 千葉さんは、元新聞記者でジャーナリスト、ノンフィクションライター。 1981年に乳がん手術と乳房再建手術を受け、その後、再発。 死に至るまで、自らのがん闘病…

ないものは作ればいい

ママが伝えようとした生き方 ※「はなちゃんのみそ汁 青春篇」から抜粋。 パパは、2020年3月末で32年間勤めた西日本新聞社を早期退職しました。 その直後、新型コロナによる緊急事態宣言が発令され、私たちは自宅での自粛生活を余儀なくされました。 収入が減…

娘が発案「せせりの会」

夕暮れにバーベキュー なんでも「会」をつけると楽しくなる。 「〇〇の会」みたいに。 昨日は、「せせりの会」をやろうよ、という娘の発案でバーベキュー。 娘の高校時代の友人、しおりちゃんも誘った。 せせりが、いつもの3倍ほどうまかった。 せせりとは鶏…

発毛は生きる希望

細胞復活の兆し がん転移後の抗がん剤。 やはり、副作用には苦しんだが、ゆっくりと確実に、千恵の髪の毛は生えてきた。 髪の毛が生えるということは、壊れた細胞が正常に戻り始めているということ。 発毛は、生きる希望だった。 ※本文と写真は関係ありませ…

腸活に最適食材 “漢方薬”にも活用

発酵食と食物繊維 妻は、免疫⼒を高めるために、腸内環境を整える食事にこだわった。 いわゆる「腸活」。 食卓には、善玉菌を含む発酵食と、食物繊維が豊富な食材を使った料理が並んだ。 定番メニューが、玄米とみそ汁、納豆と糠漬け、そして、レンコン料理…

人生最後の仕事

しっかり、生きよう 今朝、千恵のブログを読みながら思った。 2007年の夏が、彼女にとって、人生最後の梅干し作りだったんだなあ、と。 この14年間、考えたこともなかった。 人生、何が起こるかなんて、誰にも分からない。 ひょっとしたら、今年の夏が人生最…

年々、良くなる梅の味

なぜ、梅干しを漬けようと思ったのか ※以下、「はなちゃん12歳の台所」(家の光協会)より抜粋。 2015年の夏、パパと2人で初めての梅仕事をやり遂げた。 納戸からザルや甕などの道具を引っ張り出し、知り合いの農家に分けてもらった南高梅6キロを漬けた。着…

妻、ショックから立ち直れず

わが家のベランダ菜園 15年前から、毎年、ベランダでの野菜作りを続けている。 最初の頃は失敗ばかりだった。 感染症対策で、人混みを避けていた千恵にとって、野菜作りは生きがいでもあった。 そんな彼女を僕の不注意で不機嫌にさせてしまったことがある。 …

亡き妻の梅仕事

命日に一粒 千恵は毎年6月に梅仕事をしていた。 梅酒、梅みそ、梅干し‥。 彼女が作った梅干しは、今もまだ、びんの中に残っている。 もったいなくて、食べられない。 年に一度。 7月11日の命日に、娘と一粒ずつ食べようと思う。 梅干しは長期間、保存できる…

鼻呼吸と口閉じテープ

丸刈りに近い短髪 2000年夏から冬にかけて、千恵は、抗がん剤の副作用に苦しんだ。 吐き気、味覚障害、発熱、下痢‥。 髪の毛も全部抜けた。 2001年春、職場に復帰。 かつらは必需品だった。 同年8月5日、古賀カトリック教会で、僕たちは結婚式を挙げた。 そ…

「ママは15年先を走っていた」

社会を見る目 自家製みそ作り、腸活、ファスティング、ダンボールコンポスト、生ごみリサイクル、持続可能な暮らし‥。 闘病中の千恵が、生活に定着させようとしていた取り組みだ。 今でこそ、よく耳にするが、15年前は世間の会話にこれらのワードが登場する…

ヨムさんのチヂミ

姉妹のような2人 千恵に出会う数年前、友達になったヨム・ウンジュさん。 福岡教育大学の留学生だった。 当時、ヨムさんは20代。 僕は、30代前半だった。 いろいろと悩みを相談し合った。 なぜか、思い出すのは、夜、海沿いのコンビニで買ったソフトクリーム…

ママが遺した命のレシピ

丸ごといただく「全体食」 ※本日の「はなみそ番外篇」は娘が担当します。 私が小学生の頃、父が仕事で遠方に出張する際には、福岡県宮若市に住む祖母が手料理持参で泊まりに来てくれました。 「千恵さんも好きやったとよ。ばあばが作り方を教えたっちゃけん…

できないことを数えるのではなく

骨転移とリンパ浮腫 15年前のちょうど今頃だった。 がんによる体への悪影響が出始めた。 骨転移による痛み、そして腕と手がパンパンに腫れるリンパ浮腫。 はなは千恵の不調に気づいたのか。 わがままを言わなくなった。 人形を寝かせ、ひとりでお母さんごっ…

妻が怒った理由(最終話)

想像力のある人に 結婚前の千恵の印象は、天然で鈍感でのんびり。 天然でのんびりは当たっていたが、鈍感ではなかった。 鈍感どころか、物事をいろんな角度から見ることができる豊かな感性を持っていた。 注:鈍感が悪いわけではない。鈍感であることが良い…

妻が怒った理由

しっかり生きろ、俺 亡き妻千恵は、自分の生い立ちなどついて、滅多に話さなかったが、彼女のブログを通して、どのような環境で育ったかが見えてくるときがある。 本日紹介する千恵のブログは、怒りを爆発させた前回の続き。 自分の心と向き合い、自分の考え…

妻が怒った日

千恵からのメッセージ 今年2月、亡き妻千恵の親友、稲森奈津子さんから手紙が届いた。 「はなみそ青春篇」を読んだ感想と、はなの誕生日を祝う内容。手紙の最後には、千恵のブログ(2007年5月28日の日記)が貼り付けてあった。 末尾には、こう書かれていた。…

子育て最終章

食卓を囲めるのは朝だけ 娘は、来年2月20日に20歳になる。 昨年、第一志望の大学に合格し、そこが自宅から徒歩で通える距離にあるので、今は同居しているが、近い将来、たぶん結婚し、家を出る。 そして、親になるだろう。 僕が彼女の親として伝えたいことを…

なぜ、突然カボチャの芽が出たのか?

ダンボールコンポスト 宗像市に住んでいた頃、取材で知ったダンボールコンポスト。 使い始めて22年になる。 台所の生ごみなら、何を入れてもいい。 よくかき混ぜると、微生物の動きが活発になり、温度が急上昇。 冬場は湯気が出るほどだ。 魚の内臓など生ご…

「毛が3本」の歌とブーメラン

ディープな飲み会の翌朝 週の始まり月曜日。娘の弁当を作る日だ。 昨日の飲み会があまりにもディープだったので、今朝は寝坊してしまった。 卵焼きとセセリを焼いて、昨日、のりちゃんにもらったトウモロコシご飯を詰め込んだら完成。うっかり、ブロッコリー…

玄米には「ごま塩」 みそ汁には「菌ちゃんげんきっこ」

腸活に、おすすめの一品 少食になった。 午前中に4キロ走るので、朝はたくさん食べられない。 玄米とみそ汁と糠漬けがあれば、じゅうぶんだ。 それに納豆と小魚をつければ完ぺき。 よく噛んで食べる。ご飯が、おいしい。 みそ汁には「菌ちゃんげんきっこ」を…

天国に届け 癒やしの音色

ウクレレ、はじめました〜♪ 亡き妻千恵に音楽の楽しさを教わった。 音楽に無縁だった僕が、ギターを弾き、ドラムを叩き、最近では人前でサックスを吹いている。めちゃくちゃ下手だが、めちゃくちゃ楽しい。 そして、もうひとつ、楽器が加わった。 昨年、ギタ…

健康寿命を延ばす秘訣

謙虚に慎ましく生きる 昨日、2カ月ぶりに実家の宮若市に帰省した。 実家に向かう途中、脇田温泉の近くにある農産物直売所「ドリームホープ若宮」に寄った。 今は、真竹が旬。タケノコよりも小ぶりで柔らかい。 タケノコがもうすっかり竹になった梅雨前ぐらい…

娘、屋台デビュー

亡き妻との思い出の味 昨夜、娘のリクエストで屋台に行った。 福岡三越の前にある屋台「味府」。 餃子とラーメンがうまい。 記者時代、大将には随分、お世話になった。 その大将も病で亡くなり、今は奥さんが店主として「味府」を守っている。 娘にとっては…

なんという巡り合わせか

シングルママさん、ごめんなさい 昨日は、福岡市市民福祉プラザ「ふくふくホール」で講演をした。 演題は「はなちゃんのみそ汁 大切な人を亡くした後、どう生きますか」。 いつもの「食育」とは違って「グリーフ」がテーマだった。 話す内容をがらっと変え、…

陰毛疑惑

下ネタのようで実は副作用の話 今朝は二日酔い。 右ふくらはぎがつって、目が覚めた。 白湯を飲みながら、力無く、パソコンに文字を入力している。 髪はボサボサ。目はしょぼしょぼ。 「じーさんになったねえ」と、亡き妻千恵の声が聞こえてきそうだ。 さて…

悲しみを生きる力に

やさしい空気に包まれて 涙を流しながら語り合い、最後は全員、笑顔で締めくくることができた。 家族らとの死別を癒やすグリーフケアについて考えるワークショップ「大切な人を亡くした後、あなたはどう生きますか」。会場を提供してくれた六本松蔦屋書店に…